病室は人生の職図

一昔前ですが、山崎章郎氏の『病院で死ぬということ』という本がベストセラーになりました。多くの人が今、病院で最後のときを迎えることに疑問を投げかけ、現在の一般病院が臨終のときを迎えるにふさわしいかどうか、を考えていくものです。この本の本質は、「死」という事象を前向きに捉え、自分らしい死の選択を奨めるというもので、ホスピスや尊厳死などもっと深い部分にまで言及されています。しかし私たち看護師は病院の中で、日常のようにそんなシーンに出くわすのです。病院には患者さんの数だけ尊い「命」が存在します。その全ての命の尊厳を遵守し、質の高い看護を患者さんに対して行えるなら、病院も変わってゆくでしょう。実際はスタッフの人数や患者対看護師の数、医療者の立場から見て業務一つを取ってみても、困難なことは明白です。これは多くの看護師たちが悩み、揺れ動く要因となり得る事情のひとつです。限られた設備、人員の中でどれだけその人の生き方を尊重した看護ができるか、尊厳を守った人と人の関係が築けるか、ということが最大の要点といえるでしょう。

人は生きてきたように死んでいくといわれています。充実した人生を送った人は、充実した死期を迎えることでしょう。そんなことを、患者さんの病室に立ち寄ったときに感じることがあります。いつもたくさんの家族や面会人に囲まれて、花と笑顔の耐えない病室。幸せな人生を歩んでこられたことは、手に取るようにわかりました。「人生の縮図」とはあながち迷信でもない気がしました。人生の最後のときをどこで迎えるか、どのように過ごすか、という選択は可能な限り患者さん本人に委ねたいものです。何らかの事情があって家族や第三者に委ねるにしても、本人の意思は最大限尊重したいと誰もが思うでしょう。「死」を忌み嫌う現代の風潮が、それを困難にしているということは事実です。病院のあり方にも問われるべきことはたくさんあります。

「死」への準備というものは誰もが皆考えなければならないことです。葛藤や嘆きの段階を経て、「死」を受け入れてなお、残りの「生」を充実させた生き方は理想的です。そのような光景が見られる病室の空気に触れることで、看護師は考えさせられる機会が一般人に比べると多いといえます。それらの思考を繰り返すことは、看護の質を高める一要素となると思います。病室の番号には「4」がありません。人々の意識の下に、「死」を避けたいけど避けられない、忘れたいけど忘れられない、そんな心理が隠されていることを表しています。難しいものですね。自分が病気になって入院したとき、病室に心配してくれる人や、花や笑顔があるだろうか。そんなことを考えながら看護師として働きつつ、この何気ない日々の生活を充実させることの大切さを意識したりします。






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